サッカー班の歴史

1922年(大正11年)8月24日東京府荏原郡平塚村小山に東京府立第八中学校創立。

1924年(大正13年)平塚村小山に新校舎ー部落成、移転.サッカー部の活動開始。

1925年(大正14年)松井 力 先生、部長着任。

1936年(昭和11年)第18回全国中等学校蹴球選手権大会出場。
          高島 保男(旧姓鈴木)(高校4回)日本代表選出。ベルリンオリンピック出場。

1939年(昭和14年) 加納 孝(中学11回)東京オリンピック 日本代表候補選出。                            (太平洋戦争のため東京オリンピック開催の中止となる)      
 
1950年(昭和25年) 東京都立小山台高等学校と改称。サッカー班としての活動開始。

1951年(昭和26年) 加納 孝(中学11回)日本代表選出。
            第1回ニューデリーアジア大会に主将として出場。
              ワールドカップスイス大会予選に出場。
            (国際Aマッチ7試合出場し3得点を記録)

           村形 繁明(中学4回)国際審判員として登録され、国際試合にて主審を務める。
          (2005年 日本サッカー殿堂入り 日本サッカー協会ホームページ)  

1960年(昭和35年)三村 格一(高校2回)日本代表選出。メルボルンオリンピック出場。

過去の戦績

1930年(昭和5年)
全国中等蹴球大会(準決勝で高師付属中に惜敗)
         
全国中等学校蹴球大会
 二回戦 対 静岡中 (1-0)
 三回戦 対 関東学院中 (3-1)
 四回戦 対 東京高校附中(5-1)
 準決勝 対 高等師範附属中(0-2)
全国中等学校選抜蹴球大会
 一回戦 対 水海道中(不戦勝)
 二回戦 対 府立五中(2-4)

1931年(昭和6年)
関東中学蹴球大会
 一回戦 対 神奈川師範(6-2)
 二回戦 対 青山師範(3-1)
 三回戦 対 埼玉師範(1-5)

1936年(昭和11年)
第18回全国中等学校蹴球選手権大会
 一回戦 対 埼玉師範(0-9)
昭和11年度東京府中等学校蹴球リーグ1部四戦全勝で優勝

1937年(昭和12年)
東京府中等学校低学年大会優勝
東京・千葉地方予選準決勝進出

1938年(昭和13年)東京・千葉地方予選決勝進出

1940年(昭和15年)東京府中等学校大会決勝敗退

1950年(昭和25年)東京都高校サッカーリーグ戦一部優勝

1964年(昭和39年)インターハイ東京都大会 ベスト16

1972年(昭和47年)全国高等学校サッカー選手権大会予選東京都大会 ベスト8

1973年(昭和48年)全国高等学校サッカー選手権大会予選東京都大会 ベスト16